『森の波音』より三篇

佐相憲

きょうは四十億年の体で

きょうは魚類時代を思い出して
逆流に向かっていくか

きょうは両生類時代を思い出して
水と土の視野をひろげるか

きょうは爬虫類時代を思い出して
地球の素肌を腹に感じるか

きょうは夜行性小動物時代を思い出して
恐竜政治に負けないで生き抜くか

きょうは森林の猿時代を思い出して
ヘルシーライフを考えるか

きょうはアウストラロピテクスの旅を思い出して
行き止まり思考を創意工夫で打ち破るか

きょうはウハウハ原人時代を思い出して
生きていることのおののきを叫ぶか

きょうは島への渡来を思い出して
アジアの人にいってみようか
<おーい 友だち まずは素手で握手しましょう>

きょうは暮らしと環境と戦でぼろぼろのDNAを
抱きしめてみようか
<おーい ミックスはいいぞ
 この心臓に人類の詩が笑顔で泣いてるぞ>

きょうはついになれなかった鳥にあいさつして
真の人間社会ってやつを大地に歩いていくか

現実の中から夢の細胞を活かしてきょうは
新たな気持ちで声を交わすか





新しい森

ここはどこですか

そこですか

ここはその向こうです
風の向こうの
森のなかです

見慣れた木もあるし
見たことのない木もあります
どうやらここは
違う星はないようです

いえ、それどころか
本当は
前と同じ、ここかもしれません

前と同じでありながら
前とは全く違う

それが

生きること

かもしれません

知らなかったことを知った時
誰かと分かりあえた時
どこかで何かを見つけた時
その明かりの方角に

あるいはひどく困難な山にぶつかり
かなしみが押しよせてきて
夢の渓流に
何かが澄んでいく時
ひと知れず内側から風が揺れて
もやの向こうに

新しい森が見えるのです

心の地図を見れば
まだまだ遠い

いや
ここまで来たのです

どこへ行こうとも
はじまりは海だったのですが
森の泉から川が海へつながりますから
山もまたはじまりです

新しい水をすくってみると
かじかんだものには温かくさえ感じられて
ひんやりとした感触も柔らかい

そうしてまたすすむのです
奥深くへ

森のなかを行く者は
無名のようでいて
有名です
それぞれの神話をもって
目を閉じると
物語がざわめきます

すれ違う時には
<こんにちは>

すべてを背負けたまま
すべてまっさらに

ゆくえ知れない行路が
楽しくさえ思えてくるのです

ここはどこですか

風の向こうの
新しい森のなかです







<青春>
の実態は

<青>
がくすんで

<春>
はどんよりと苦しくて

それどもどこか
草いきれにむせる緑色だったり
黄色やピンクのときめきだったり
後からは
青く見えたりする

<まだ青いね>
否定じゃない

青くなれること
それはそのまま
すてきなことだ

生きていると
激しい雨が降ってきて
雷が骨と骨の空洞に鳴り響き

なかなか先が見えなくなって
嵐は大切なものを次々と吹き飛ばし
雨漏りがおさまらなくなる
灰色の情景は黒ずんできて
原色がはるか遠くへ見えなくなる

それでももちこたえているといつか
風がそっとやってきて
雨があかったりする

銀色の向こうに
新しいニュアンスの
青空だ
夕焼けがにじんで
新しい力が満ちてくる

骨が感じる
空洞を埋めてくれたこの風は
愛にちがいない

夜空の群青色は闇じゃない
月に洗われて
昼の快晴空よりも
もっと深い青

生きていくことは
本当はずっと
青いのかもしれない

雨はまた降るだろう
だが雨にも愛がしみこむなら
何も恐れなくていい

<まだ青いね>
<これからも青いね>

それは大いなる肯定の海であろう