初期詩三篇
白石かずこ
ハドソン川のそば
誰からうまれたって?
ベッドからさ 固い木のベッドから
犬の口から骨つき肉が落ちたように
落ちたようにね
わたしの親は まあるいのさ
月のようにのっぺり
やはり人間の顔してたのさ
人間の匂いがしてたのさ
くらやみの匂いがね
だまってる森の匂いがね
それっきりだよ ニューヨーク
ハドソン川のそば
わたしはたっている
この川と わたしは同じ
流れている
この川と わたしは同じ
たっている
広すぎてはかれないのよね おまえの胸巾
遠すぎてはかれない おまえの記憶
生まれた頃まで さかのぼることないよ
わたしの想い出
行先も今も ただよう胸の中
自分でも はかれないのさ
ハドソン川のそば
ちぢれっ毛の
黒い顔の子 やせて大きい目だよ わたしは
笑うと 泣いているように
顔がこわれて ゆれだすよ
唄うと 腰をくねらせ
世界中が 腰にあるように 踊るんだよ
名前はビリー
すぎた日の名は知らない
わたしの生まれた 空を知らない
なんていう木か 兄弟のハッパがあったか なかったか
わたしの生まれた うまごやを知らない
ワラのベッドか 木のとこか
それでも わたしはそだった
果実の頬のように
果物屋の 店先で
買えない果物みてるうち
肉屋の 店先で
切られていく 豚の足をみているうち
ハドソン川のそば
ひとりで いまはたつ
すこしおとなになったわたしかかえ
わたしのグランマー グランパー
いとしい恋人 ハドソン川
わたし 流れていくだろうよ 川と一しょに
わたしの胸の中 太く流れるハドソン川と
わたしの胸の中 わたしと流れるハドソン川と
鳥
バイ バイ ブラックバード
数百の鳥 数千の鳥 が飛び立っていく
のではない いつもとび発つのは一羽の鳥だ
わたしの中から
私のみにくい内蔵をぶらさげて
鳥
わたしは おまえをみごもるたびに
目がつぶれる 盲目の中で世界を
臭いで生きる
おまえを失う時 はじめてわたしはおまえをみる
が その時 わたしの今までは死に
新しい盲目の生がうごきはじめる
バイ バイ ブラックバード と舞台で
彼は きわめて一羽の鳥になって唄い
聴衆は幾万もの耳になって 彼の鳥 を追う
その時 聴衆は盲目の幾百万の羽だ
観ることのできない聴衆がそれぞれの
羽をはばたかせて鳥の亡霊になり
あの舞台の一羽の声を追いながら 暗い客席
を舞うのだ
だが誰かにわかるか どれが亡霊でなく
ほんとの鳥か また
バイ バイ ブラックバード
ほんとに ここら飛去っていくのは
なにものか
唄っている彼にもわからない 只 彼は夢中
で唄っている そして感じるのだ
なにかが飛び去っていく今 それは確かだと
それは彼のすべっこい時であるかも知れぬ
彼の魂のごくやわらかなロースのところかも
知れぬ また うしろめたい罪の星の記憶
かも知れぬ また一番前にすわっている子
のチューリップ型の脳髄から飛び散る な
まあたたかい血であるかも知れぬ
バイ バイ ブラックバード
わたしは鳥である
わたしが わたしを拒否しようと
むかえようと
このついばむことをやめないトガッタ嘴と
はばたく習性をもつ羽を
わたしからもぎとることができない限りは
わたしは 今日 鳥である
わたしは祈りになり 日に数回 空につきさ
さり 空から突きおとされて堕ちてくる鳥
また 堕ちてくる鳥をかかえる内蔵だ
わたしの中には これら堕ちてきた巨大な鳥
小さな鳥 やせてひねた鳥から 傲慢で
やさしい鳥まで
あるものは半ば生きてうめきながらいる
わたしは日課のようにこれらの鳥を鳥葬にする
一方
日課のように未来の鳥たちの卵をあたためる
わたしは未来を食い破る奇怪な鳥の卵ほど
いとおしんで必死にあたためる
バイ バイ ブラックバード
わたしは奇怪な鳥になって
わたしを食い破るあいつを一度飛びたたせよう
と思っている ほんとうに
血がふきでるほど あいつを飛びたたせなく
ては
バイ バイ ブラックバード
粋に 唄ってやりながら
人が死ぬ
人が死ぬ
誰が死んだ?
お母さんが死んだ
イクヤがいう
犬は裏でなく 腹がすいたといい
男は表でなく 別れたくないといい
だが 四月は桜が咲き
雪が トツゼン ふり
人が死ぬ
人と人が別れる
カオルはいう
どーぞ
彼女のおごってくれるビールは
ちりばめた黄金の涙で、いっぱいなので
なんて 今晩の
お通夜は 陽気なんだろう
それからゴハンをたべると
踊りにいった
男や 男たちは下半身から酔ってきた
だが わたしは酔わない
酔う下半身と 酔わない上半身の間で
オーテイスをきく
死んだものは酔わないのだ
死んでいくものを みるものも
酔わないのだ
だが 犬は別だ
腹がすいたといったら
充分のエサを やりましょう
また 生きている人間には
なまじのエサなどやらず
死んだときには
財布の中かぞえ
今晩のおかず代とりのぞき
気持ちばかりの香典を
わずかに だしましょう
人が死ぬ
四月なので
台所では 新ジャガのゆでる匂
ホーレン草の 緑の炎
たくましく静かに潜行する食欲
性の欲
そして 死ぬ ほんとうに
イクヤの お母さんが まったく
いなくなってしまった
誰からうまれたって?
ベッドからさ 固い木のベッドから
犬の口から骨つき肉が落ちたように
落ちたようにね
わたしの親は まあるいのさ
月のようにのっぺり
やはり人間の顔してたのさ
人間の匂いがしてたのさ
くらやみの匂いがね
だまってる森の匂いがね
それっきりだよ ニューヨーク
ハドソン川のそば
わたしはたっている
この川と わたしは同じ
流れている
この川と わたしは同じ
たっている
広すぎてはかれないのよね おまえの胸巾
遠すぎてはかれない おまえの記憶
生まれた頃まで さかのぼることないよ
わたしの想い出
行先も今も ただよう胸の中
自分でも はかれないのさ
ハドソン川のそば
ちぢれっ毛の
黒い顔の子 やせて大きい目だよ わたしは
笑うと 泣いているように
顔がこわれて ゆれだすよ
唄うと 腰をくねらせ
世界中が 腰にあるように 踊るんだよ
名前はビリー
すぎた日の名は知らない
わたしの生まれた 空を知らない
なんていう木か 兄弟のハッパがあったか なかったか
わたしの生まれた うまごやを知らない
ワラのベッドか 木のとこか
それでも わたしはそだった
果実の頬のように
果物屋の 店先で
買えない果物みてるうち
肉屋の 店先で
切られていく 豚の足をみているうち
ハドソン川のそば
ひとりで いまはたつ
すこしおとなになったわたしかかえ
わたしのグランマー グランパー
いとしい恋人 ハドソン川
わたし 流れていくだろうよ 川と一しょに
わたしの胸の中 太く流れるハドソン川と
わたしの胸の中 わたしと流れるハドソン川と
鳥
バイ バイ ブラックバード
数百の鳥 数千の鳥 が飛び立っていく
のではない いつもとび発つのは一羽の鳥だ
わたしの中から
私のみにくい内蔵をぶらさげて
鳥
わたしは おまえをみごもるたびに
目がつぶれる 盲目の中で世界を
臭いで生きる
おまえを失う時 はじめてわたしはおまえをみる
が その時 わたしの今までは死に
新しい盲目の生がうごきはじめる
バイ バイ ブラックバード と舞台で
彼は きわめて一羽の鳥になって唄い
聴衆は幾万もの耳になって 彼の鳥 を追う
その時 聴衆は盲目の幾百万の羽だ
観ることのできない聴衆がそれぞれの
羽をはばたかせて鳥の亡霊になり
あの舞台の一羽の声を追いながら 暗い客席
を舞うのだ
だが誰かにわかるか どれが亡霊でなく
ほんとの鳥か また
バイ バイ ブラックバード
ほんとに ここら飛去っていくのは
なにものか
唄っている彼にもわからない 只 彼は夢中
で唄っている そして感じるのだ
なにかが飛び去っていく今 それは確かだと
それは彼のすべっこい時であるかも知れぬ
彼の魂のごくやわらかなロースのところかも
知れぬ また うしろめたい罪の星の記憶
かも知れぬ また一番前にすわっている子
のチューリップ型の脳髄から飛び散る な
まあたたかい血であるかも知れぬ
バイ バイ ブラックバード
わたしは鳥である
わたしが わたしを拒否しようと
むかえようと
このついばむことをやめないトガッタ嘴と
はばたく習性をもつ羽を
わたしからもぎとることができない限りは
わたしは 今日 鳥である
わたしは祈りになり 日に数回 空につきさ
さり 空から突きおとされて堕ちてくる鳥
また 堕ちてくる鳥をかかえる内蔵だ
わたしの中には これら堕ちてきた巨大な鳥
小さな鳥 やせてひねた鳥から 傲慢で
やさしい鳥まで
あるものは半ば生きてうめきながらいる
わたしは日課のようにこれらの鳥を鳥葬にする
一方
日課のように未来の鳥たちの卵をあたためる
わたしは未来を食い破る奇怪な鳥の卵ほど
いとおしんで必死にあたためる
バイ バイ ブラックバード
わたしは奇怪な鳥になって
わたしを食い破るあいつを一度飛びたたせよう
と思っている ほんとうに
血がふきでるほど あいつを飛びたたせなく
ては
バイ バイ ブラックバード
粋に 唄ってやりながら
人が死ぬ
人が死ぬ
誰が死んだ?
お母さんが死んだ
イクヤがいう
犬は裏でなく 腹がすいたといい
男は表でなく 別れたくないといい
だが 四月は桜が咲き
雪が トツゼン ふり
人が死ぬ
人と人が別れる
カオルはいう
どーぞ
彼女のおごってくれるビールは
ちりばめた黄金の涙で、いっぱいなので
なんて 今晩の
お通夜は 陽気なんだろう
それからゴハンをたべると
踊りにいった
男や 男たちは下半身から酔ってきた
だが わたしは酔わない
酔う下半身と 酔わない上半身の間で
オーテイスをきく
死んだものは酔わないのだ
死んでいくものを みるものも
酔わないのだ
だが 犬は別だ
腹がすいたといったら
充分のエサを やりましょう
また 生きている人間には
なまじのエサなどやらず
死んだときには
財布の中かぞえ
今晩のおかず代とりのぞき
気持ちばかりの香典を
わずかに だしましょう
人が死ぬ
四月なので
台所では 新ジャガのゆでる匂
ホーレン草の 緑の炎
たくましく静かに潜行する食欲
性の欲
そして 死ぬ ほんとうに
イクヤの お母さんが まったく
いなくなってしまった