短歌(抄)

林あまり

『ナナコの匂い』から


1

カーテンの向こうはたぶん雨だけど
     ひばりがさえずるようなフェラチオ


2

手の中の小鳥のようにひくひくと
     終わってちいさくなったおちんぽ


3

「よくひらく足だね」言わせるまでは、って
     意地でもひらく 勝ちたいナナコ


4

夕焼けが濃くなってゆく生理前
     ゆるされるなにもつけないSEX


5

あたりまえの放物線(ほうぶつせん)描き飛ぶブーケ
     わざと受けとめそこなうナナコ


6

あたたかく入った液体
     わたしからいま流れ出る あなたが寝たあと


7

知らない街の暗い階段
     あなたの手が下着に入ればよけいさびしい


8

妙に陽のあたる午後には
     煙草とか不倫は似合わず昼寝している


9

少年のからだは鋏(はさみ)
     ゆっくりと青い折り紙切り裂いてゆく


10

ヘア=カッターの少年の指
     ちぢれ毛を切らせてみたいな、ナナコのおなかの


(1988)





『私にとって「復活」とは』から


「おはよう」


1

「おはよう」と のんびり明るい声がする
     道の向こうで待っているひと


2

この声は——低くて澄んだ、やわらかな——
     世界で一番なつかしい声


3

右手を上げて白い衣のそのひとは
     ちょっぴりいたずらそうに笑った


4

傷だらけの......、日に焼けた......、高い甲......、
     指が長く......、まちがいない、先生の足!


5

わたくしに、まずわたくしに会いに来てくださったのですか、
     このわたくしに——。


6

どのようなお姿でしょうとわかりましたのに
     あなたはあんまりあんたのままで


7

最悪の夜のあとでも朝が来る怒りを
     三度味わったのち


8

ああわたし あれから初めて泣いている
     こんなにも死んでいたのだ、わたしは


9

なんだろう このいい香り
     先生のほほえみのたびに、まばたきのたびに


10

お命じになる静かな瞳は変わらない
     いいえ。前より、強く、やさしく——


11

もう死など死ではなくなり
     いつだってあなたはわたしと共におられる


(2004)